今回の会社法改正では、企業買収や組織再編を円滑化する目的で、新たに「株式交付制度」が導入されました。中小企業にとっても利用しやすいM&A手法として、注目を集めています。
株式交付制度とはどのような制度で、どういった特徴があるのでしょうか?
以下、概要をまとめました。
株式交付制度とは?
株式交付制度とは、株式会社 (買収会社) が、他の株式会社 (被買収会社) を子会社にするために、被買収会社の株式を譲り受け、その対価として、自社株式を被買収会社の株主に交付できる制度です。
簡単に言うと、ある株式会社が、自社株式を対価として、別の株式会社を子会社にすることができる手法で、「株式を対価とするM&A」として、欧米では積極的に利用されています。改正前の会社法でもこの手法を用いる「株式交換」が規定されていましたが、利用上の問題点があり (以下で、説明します ) 、その課題を克服する意図もあって、今回の制度化に至りました。
どんなときに利用できる制度?
この制度によって、買収に必要な資金負担が大幅に軽減されるため、手元資金があまりない企業でも大規模な買収を行えるようになり、急成長が見込まれているベンチャー企業等バリュエーションの高い非上場会社の買収などにも活用できます。また、買収された会社の株主にとっても、買収会社の株式を保有することで、その後の当該会社の成長や業績向上からもたらされる利益を享受できるというメリットがあります。
この制度の主な特徴としては、次のような点が挙げられます。
- 株式交付により子会社にできる会社は「株式会社」に限られるため、持分会社や外国会社は対象外となる(ただし、令和6年現在、海外企業を買収する際にも使用できる制度にすべきか法制度の見直しが議論されております。)。
- 新たに子会社とする場合のみ利用できるので、すでに子会社になっている会社の株式を追加取得する場合には利用できない。
- 買収会社は、被買収会社の新株予約権も譲り受けることができる。
- 完全子会社化ではなく、部分的買収において利用できる。
他の制度との比較
株式交付と同様に自社株を対価として用いる手法として、これまでも「株式交換」や「現物出資」、「産業競争力強化法に基づく株式対価M&A」がありましたが、それぞれ利用の上で下記のような問題点がありました。
(1) 株式交換
株式交換とは、ある会社が、買収したい会社の全株式を自社の株式と交換し、相手を完全子会社化する手法です。買収したい会社の株式をすべて取得すること、つまり、100%買収を目的とした場合のみ利用できるため、相手会社の上場を維持したい場合など、完全子会社化までは予定していないときには利用できません。また、外国企業の買収に利用はできません。
(2) 現物出資
現物出資とは、買収会社が対象会社の株式を現物出資財産として、対象会社の株主に対して株式を発行する制度です。検査役の調査が必要なためコストがかかったり、買収会社の取締役らに財産価額填補責任リスクが生じたりすることが、利用上のネックとされています。
(3) 産業競争力強化法に基づく株式対価M&A
すでに子会社となっている会社の株式を追加取得する場合や、外国企業の買収にも利用できますが、各事業を所管する省庁により事業再編計画の認定が必要となるため、手間やコストがかかります。
(4) 小括
こうした既存の制度のデメリットを克服すべく、「株式交付制度」が創設されたという経緯があります。
親会社の手続き
次に、株式交付を行う場合に、株式を交付する株式会社(以下、親会社と言います)で必要となる手続きの流れを確認しておきます。
(1) 株式交付計画の作成
親会社は、下記のような内容を含む「株式交付計画」を作成する必要があります。
- 対象とする株式交付子会社
- 譲り受ける株式交付子会社の株式の数の下限
- 対価として交付する株式交付親会社の株式(株式交換と異なり、株式交付では必ず交付する必要がございます。)や金銭等の内容など
- 譲渡の申込期日
- 株式交付の効力発生日
(2) 株式交付子会社への計画通知と、株式の譲渡の申込み
株式譲渡の申込みをしようとする株式交付子会社の株主に対し、株式交付計画の内容を通知します。それを受けて、株主交付子会社の株主は、株式交付計画に定められた申込期日までに株式の譲渡を申し込みます。
(3) 申込者への割当ての通知
申込者の中から株式を譲り受ける者、およびその者に割り当てる株式の数を決定し、効力発生日の前日までに、申込者から譲り受ける株式の数を申込者に通知します。
(4) 株式交付の効力の発生
株式の譲渡人になった者(上記(3)で決まった申込者)が、効力発生日に通知を受けた数の株式を株式交付親会社に給付し、これによって株式交付親会社の株主となります。
(5) 事前・事後開示手続
事前開示として、効力発生日前の一定の日から、効力発生日後6ヶ月を経過する日までの間、株式交付計画の内容等を記載した書面または電磁的記録を本店に備え置く必要があります。また、事後開示として、効力発生日後遅滞なく、株式交付に際して親会社が譲り受けた株式交付子会社の株式数等を記載した書面または電磁的記録を、効力発生日から6ヶ月間、本店に備え置く必要があります。
(6) 株主総会の承認
原則として、株式交付計画で定めた効力発生日の前日までに、株式総会特別決議によって、株式交付計画の承認を得る必要があります。株式交付によって親会社に差損が生じる場合(親会社が子会社の株主より受け取る株式等よりも、親会社が子会社の株主に対して交付する株式等のほうが大きい場合)には、株主総会で、取締役はその旨を説明しなければなりません。
なお、「簡易株式交付の制度」が設けられており、親会社が交付する対価の額が、親会社の純資産額の5分の1以下の場合は、株主総会の承認は不要となります。
(7) 反対株主の差止請求権、株式買取請求権と株式交付の無効の訴え
親会社の株主の救済手段として、差止請求権、株式買取請求権と株式交付の無効の訴えが認められています。
親会社の株主は、株式交付が法令または定款に違反する場合で、当該株式交付により親会社の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、簡易株式交付でない限り、親会社に対して株式交付を取り止めるよう請求することができます。また、親会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することもできます(ただし、簡易株式交付に該当する場合には、株式買取請求権を行使することはできません。)。
親会社の株主は、親会社を被告として、株式交付の効力が生じた日から6か月以内に、株式交付無効の訴えを提起することができます。
(8) 債権者異議手続
株式交付の対価が株式以外の財産を含む場合、財産の流出が生じるおそれがあるため、親会社の債権者は親会社に対して異議を述べることができます。
子会社における手続
今回創設された「株式交付制度」においては、上述したとおり、株式交付親会社に関する規律はいろいろと設けられていますが、株式交付子会社に関する規律は特に設けられていません。
これは、株式交付が実質的には、株式の譲渡又は現物出資であり、会社法上、株式の譲渡制限を除き、対価の相当性を確保するための手続き等は特に設けられていないことを踏まえ、とくに規律を設ける必要がないことによるものです。
監修 : 石田 哲也 (牛島総合法律事務所 パートナー弁護士)
米国コロンビア大学ロースクール修了 (LL.M., Harlan Fiske Stone Scholar)。
ニューヨーク州弁護士、CIA(公認内部監査人)の資格も有している。
金融、不動産、スポーツ、エンタメ業界を中心に、訴訟案件や企業不祥事案件、M&A、コーポレートガバナンスコード対応など多岐にわたる案件を取り扱う。
書籍、裁判例、データベース、外国の実務等あらゆるツールを駆使して、法的観点から依頼者のサポートを行う。
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