今月半ば、M&Aの仲介を手掛ける会社が、成約前の契約書の写しを偽造するなどして、売上高を一時的にかさ上げする不正を多数行っていた事実が発覚しました。
しかも、約80人の担当者が計83件の不正に関与するという、例を見ない規模の不正であり、その多くが2020年度以降に発生していたとのことです。
なぜ、これほどまでに大規模な不正が起きてしまったのでしょうか。
今回の特集では4名の弁護士にその原因について探ってもらうとともに、不正発生後の再発防止策について詳しく解説していただきます。
(本記事は前後編の後編です。前編はこちら)
登場する弁護士:
鈴木 康之 (Yasuyuki Suzuki) 弁護士
隼あすか法律事務所
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。最高裁判所司法研修所修了。 ニューヨーク州弁護士。 海外進出や海外取引を行うメーカーや専門商社などの日本企業に対し、渉外法務関連のアドバイスを多数提供する。 外資系金融機関での社内弁護士としての経験を有し、 金融業や情報保護に関する法令遵守(コンプライアンス)を支援。 知的財産分野も得意としており、ベンチャーファイナンス、IT関連企業を中心にスタートアップ企業の支援も行う。
加藤 伸樹 (Nobuki Kato) 弁護士
和田倉門法律事務所
京都大学法学部卒業。学習院大学法科大学院修了。情報処理安全確保支援士。 コーポレート関連や労務関連など日々の相談業務から、会社法関連訴訟、商事仲裁といった紛争対応まで、企業法務を幅広く手がけている。プロジェクトファイナンスを含む金融関連の知見も有する。とくに個人情報、景表法、下請法などの分野に詳しい。リーガルリスクの適切な把握をサポートするとともに、 円滑な事業活動を妨げない迅速な対応を重視している。
山田 政樹 (Masaki Yamada) 弁護士
東京大学理学部理学学科卒業。 参議院法制局にて立法補佐業務、外務省欧州局政策課にて条約締結業務に従事。 2017~2018年外資系金融機関勤務。2018~2020年IT系スタートアップ支援に力を入れる事務所で研鑽を積む。 新サービスのリーガルスキームの構築支援、資本政策等に関するコンサルティング、その他の企業法務全般に知見を持ち、特に、フィンテック(ブロックチェーン、金商法、資金決済法等)関連に詳しい。
板井貴志 (Takahi Itai) 弁護士
フォーサイト総合法律事務所
金沢大学法学部法政学科卒業。東北大学法科大学院卒業。 ベンチャー企業や上場企業を中心にリーガルサービスを提供する現事務所において、AI、Fintech、IoT、EC、システム/アプリ/ソフトウェア取引、個人情報・ビッグデータ、情報通信、セキュリティなどの先端的なIT分野での助言を行う。特に、ベンチャー企業やIPO準備企業に対する、資金調達案件の支援、ビジネスモデルの適法性審査、知財活用などの助言実績多数。
今回のような不正が起きてしまった場合、企業はどのような再発防止策を実施すべきでしょうか?
すでに述べたとおり、本件のような不正は、①売上至上主義およびこれを背景とする部や個人への過度なプレッシャー、②チェック体制の脆弱性など不正を可能とする環境、③組織的な規範意識の欠如、などが複合的な要因として考えられます。そのため、再発防止策は、これらの要因を漏れなく潰していく必要があります。
例えば①については、経営陣はもちろん、部下を指揮する立場にある上長についても、自己の発言が部下のプレッシャーになり得ることを意識しておく、トップのメッセージとして、コンプライアンス遵守を発信し続けるなどが、②については、複数人を関与させるなどの人的側面、不正しづらいシステムにするなどのシステム的側面の見直しなどが、③については、定期的なコンプライアンス研修や従業員教育などが、それぞれ検討されるべきでしょう。
「不正の原因を漏れなく潰す」には、企業風土の変革をはじめ、システム面や教育面の見直しなど、多岐にわたる改善措置を実施する必要があるとのご指摘、困難な道に思えますが、会社の成長のためには不可欠な措置だと感じます。
繰り返しになりますが、再発防止のためには、業績のために不正を許容してしまう企業風土を変えることが必要です。
板井先生も指摘されていますが、企業のトップから従業員に対して、過度に業績達成を重視しすぎないこと、不正は許されないことを含むメッセージを発信することが重要になります。これに連動した従業員教育も行うべきでしょう。
また、行動規範や規程の策定、企業風土改革のための組織の設置、業績に過度に連動した報酬体系の改訂など、企業風土改革に沿った体制を整備することで、企業風土の変革に対する経営陣の意思を伝えることも考えられます。
企業風土を変えていくためには、まずはトップがどのような姿勢を見せるかが重要なポイントになってきそうですね。従業員教育や行動規範の策定など、体制整備の重要性にも気づかされます。
再発防止策を考えるにあたっては、調査を十分に尽くして不正の原因を正しく把握することが大前提となります。先に述べたようなリスク低減の手段が再発防止策となりますが、原因の分析が誤っていれば、そのような手段を講じたとしても、根本のリスクは残ったままであり、改善を期待できないからです。
把握した原因が他事業や他部署にも共通する問題であれば、それらも含めて社内の運用を再検証するようにすべきです。それが、加藤先生もおっしゃっているような、企業風土改革に沿った体制を整備することにつながるものと考えます。
また、行為者に限らず、不正を看過した者も含め責任の所在を明らかにして、適正な処分・懲罰を下すことも、組織としての自浄作用を維持するために、忘れてはならないと考えます。
今後、同じような不正を繰り返さない体制を構築するためには、不正の根本原因を突き止め、対策を打つだけでなく、適切な処分を下すことが必須ということですね。
鈴木先生の意見と重なるかも知れませんが、本件のような不正が発生してしまった場合には、速やかに実態の全容を解明して、その結果をもとに効果的な不正防止策を策定・実施することが必要となります。
原因究明に当たっては、単に手口等の表面的な事実にとどまらず、不正行為の背景等(例えば、不正行為を行う動機やプレッシャー、不正行為を実行する機会、不正行為を正当化する状況等)まで調査し、根本的な原因を解明することが重要です。
そして、再発防止策等といった是正措置については、関係者の処分、不正行為の直接の原因となったコンプライアンス体制の不備の是正、財務諸表への影響額の確定等により会社へのダメージを最低限に食い止めることが考えられます。
さらに、明らかになった不正行為の根本的な原因の是正、コンプライアンス体制の継続的な検証と評価等を行い、信頼回復と企業価値の回復を図っていくこととなります。
平時も含め、コンプライアンスに終わりはありません。
「コンプライアンスに終わりはない」というご指摘、本当にそのとおりだと思います。再発防止のためには、徹底的な調査で根本原因を解明するだけでなく、その後の社内体制の整備と信頼回復への努力が、企業存続に大きく関わってくるということですね。
不正防止や社内体制の整備などの点に関して、主に中小/ベンチャー企業企業に向けたメッセージをお願いします。
不正を許さない企業風土は簡単に作れるものではありませんが、不正に対して厳しく対応する社内体制を整備し、不正を許さないとのメッセージを含んだ経営陣からの発信や従業員教育を繰り返し行うことで、必ず達成できます。焦らず、じっくりと取り組むことが重要です。
特に中小・ベンチャー企業においては、許認可取得のためや上場準備の過程などで、社内規程を整備する必要に迫られることがありますが、とかく「規程が存在すること」だけに重点が置かれがちで、自社の実態に合った「生きた規程」になっていないケースが珍しくありません。しかし、これでは、従業員に対して明確な行為規範を示すことができていないと言わざるを得ず、いざ問題が起きたときには、会社としての姿勢が疑われることになります。
また、本件の問題の一つは、調査報告書によれば上司から不正を指示されたが断った従業員がいたようですが、その時に問題が顕在化しなかったことです。
企業においては、従業員が疑問を感じたときに、社内で適切にエスカレーションされ、自浄作用が発揮できるよう、内部通報制度の整備も重要です。通報の心理的ハードルを下げる意味では、外部の専門家に内部通報窓口を委託する(外部窓口)ことも検討に値するでしょう。
本件は、上場企業において契約書を偽造することにより売上高計上時期について不適切事例が発見されたというものでしたが、非上場の中小企業やスタートアップにとっても会計不正は他人事ではありません。
例えば、銀行、投資家、M&Aの相手方等のステークホルダーに影響する不祥事です。その結果、融資が引き上げられたり、出資金や譲渡代金の返金を求められたり、損害賠償請求を受けたりしうるものです。
また、会計不正以外の不祥事(例えば偽装等)が発覚し経営破綻に至った企業も存在します。
そしてたしかに、予防コストの負担は大きいものの、不祥事発生後の事後対応コストとは比較にならないほど小さいと思われます。
ですので、これをお読みの経営者様や法務担当者様には、平時から実を伴ったコンプライアンス経営の実現に是非とも取り組んでいただきたいと思います。そして、お客様、取引先、従業員、社会、株主等ステークホルダーの皆さんの心を裏切らないようにしてください。
今回は、「不正のリスクから会社を守る」という視点が中心の説明となりましたが、社内体制の整備の目的はそれだけに限りません。むしろ、会社運営の安定性・堅実性を高め、信用・信頼の向上につなげることが本来的な目的であると言っても過言ではありません。
加藤先生も重要性を指摘されていますが、社内体制の整備は、会社の風土・文化にも影響を与えますので、常日頃から取り組むべき課題として意識されることをお勧めします。社内に潜むリスクの有無の分析または社内の管理体制の構築のいずれの面でも、日常的に相談できる方を見つけられるとよいでしょう。
4人の先生方全員が指摘されているように、今回の不正は「ノルマの厳しさによるプレッシャー」という直接的な原因の背後に、社内のリスク体制の不備や従業員教育の不徹底、そして何より「不正を許容する企業風土」に根本的な要因が隠れていました。
そのため、再発防止のためには、小手先の対策を取るだけでは足らず、先生方がご紹介くださったような数々の社内体制整備のための施策を実行する必要があります。
ひとたび不正が起きてしまうと、世間や取引先の信頼を回復することは容易ではないと思いますが、こうした「不正の発覚」の機会を、「よりよい企業に成長を遂げる」機会につなげていく企業努力が重要になってくるでしょう。
読者の皆さまは「我が社ではそんな不正は起こらない」と思っている方が大半かとは思いますが、4人の先生方が提案なさっているようなリスク管理がきちんと取られているか、不正を許容する文化が育っていないか、ぜひ、今回の記事を再点検の機会にしていただければと思います。
(本記事は前後編の後編です。前編はこちら)
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