企業側の労働問題に詳しい3人の弁護士が“分かりやすく”解説! 内々定取消しの問題点と採用企業が気をつけるべきポイント(後編)

特集

この10月、某スタートアップ企業が、大量の「内々定取消し」を行ったとして、ネット上で大炎上しました。ツイッターを皮切りに、各ニュースサイト、大手メディアにも次々と取り上げられ、結果的に、企業はコーポレートサイトに謝罪文を掲載する事態に追い込まれてしまいました。

将来有望なスタートアップにとって、あまりにも手痛いダメージとなってしまいましたが、こうした採用をめぐるトラブルはどこの会社でも起こり得るものです。

そこで今回は、労務問題に詳しい3名の弁護士に、本件の採用トラブルの原因や、どうすれば防げたのか、炎上後の対応はどうすべきだったのか等について話をうかがいましたので、編集部のコメントをまじえて紹介したいと思います。ぜひ、自社の採用プロセスに問題がないか、再チェックに役立ててください。

(本記事は前後編の後編です。前編はこちら

登場する弁護士:

橋村 佳宏 弁護士
石嵜・山中総合法律事務所 パートナー


早稲田大学政治経済学部卒。2005年に弁護士登録。登録以降、人事労務問題を専門に取り扱う石嵜信憲法律事務所(現石嵜・山中総合法律事務所)において、一貫して労働分野を専門とする弁護士業務に従事。東証一部上場会社から中小・ベンチャーにおける人事労務分野における相談(労働紛争、集団的労働関係対応、行政対応、社内研修、就業規則等の整備など)への助言、実務指導、関連セミナー・講演、執筆活動における実績あり。

大杉 真 弁護士
ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所 パートナー


慶應義塾大学法学部法律学科卒。南カリフォルニア大学ロースクール修了。2004年に弁護士登録。登録後、森・濱田松本法律事務所にて実務経験を積み、留学後、外資系法律事務所を経て、現職。人事労務、労働紛争(会社側代理)の有実績多数。第二東京弁護士会の労働問題検討委員会に所属。2020年6月ウォンテッドリー株式会社主催の「新型コロナウイルスと人事労務問題」で講演。ファミリービジネスアドバイザー・公認不正検査士の肩書も持つ。

増田 周治 弁護士
オンライン法律事務所タマ 代表


東京大学法学部卒。NTT西日本での勤務経験を経て、2017年に弁護士登録。人事・労務・総務における企業法務を中心に取り扱う第一協同法律事務所で実務経験を積み、2021年7月に独立し、現事務所を開業。取扱業界は医療法人、システム開発会社、製造業が多く、エンタテインメント関係の相談も一定数扱う。訴訟対応、団体交渉、人事制度の改革、労働基準監督署対応の指導、人事・労務関係の法務デューデリジェンス実績あり。


今回は企業の事後対応でも炎上が起きてしまいました。どうすれば最小限のダメージで食い止められるのか、トラブル発生後の対応について、アドバイスをお願いします

橋村先生
橋村先生

今回の件で、企業が公式サイトにおいて経緯の説明と謝罪を行ったこと自体は、スピード感において多少のケチはつくかもしれませんが、事後対応としてそれなりに評価できますし、今後の採用活動に関する見直しや採用選考プロセスの再構築を行うという方針も、当然のこととはいえ、適切だったと思います。

その上で個人的に気になるのは、内々定を取消した学生らに対し「最大限の誠意をもって個別に対応する」という方針について、具体的にどのような内容を考えているかについてです。 先に述べたとおり、本件の最大の問題は、内々定取消しによって多くの学生の他社での就職の機会を事実上奪ったという点であり、これは法的な問題を超えて、企業としてのモラルや信用に関わる重大な問題です。

法的な観点から見ても、内定通知前に一応の採用選考プロセスが予定されていたことから、始期付解約権付労働契約はまだ成立していないとしても、今回の不適切、不誠実な採用選考過程をみれば、信義則上、相応の損害賠償責任を負う可能性は否定できません。
その観点から、経済的な救済という側面も含め、いかなる個別の対応を行うべきなのか、実務上はなかなか難しい局面ではないでしょうか。

LEGAL HACK
LEGAL HACK

「法的な問題を超えて、企業としてのモラルや信用に関わる」という橋村先生のご意見は、厳しくも、襟を正す思いで受け止める採用担当者が多いのではないでしょうか。

企業としては、「内々定」が持つ重みを十分に認識しなくてはいけませんね。

大杉弁護士
大杉弁護士

最近は、SNSを通じて企業の役員が気軽に情報発信を行っています。それ自体はよいことだと思いますが、採用活動をアピールしつつ、一部の内々定者に対して内々定の取消しを行ったことは、企業として一貫性を欠くように見えてしまいます。

また、内々定取消しの時期が内定解禁日の10月1日以降でしたので、取り消された就活生にとって、他企業への就職の可能性が低くなったのは間違いなく、その点にも配慮した対応が望まれます。

LEGAL HACK
LEGAL HACK

SNSの発信内容は、内々定が取り消された学生さんも当然読んでいたと思いますので、ますます怒りを煽ってしまったのかもしれません。SNSの取り扱いについても、慎重になる必要がありそうです。

増田弁護士
増田弁護士

これだけ多数の内々定を、内定解禁日である10月1日に取り消したのですから、企業としてはやむを得ない事情があったと思われますが、学生側から反発が起こるのは当然です。

おそらく採用計画が破綻していたのでしょうが、それなら破綻が発覚した時点で、内々定者に個別に説明し、別の企業への就職支援などと合わせて金銭補償を申し出るとよかったのではないかと考えます。

前もって対応するのが無理だったとしても、採用計画が破綻した経緯、原因および再発防止策を広く説明し、内々定を取り消さざるを得なかった学生さんに対しては、その旨を通知する際に就活支援などの援助および金銭的賠償を行うことを伝えていれば、リカバリープランとしてベターだったのではないかと思います。

LEGAL HACK
LEGAL HACK

内定取消しは仕方なかったとしても、増田先生のおっしゃるように、早めの対応を取れなかったのは痛いですね。法務担当者や顧問弁護士がいれば、そうしたリカバリープランを迅速に実行できていたのかもしれません。


最後に、採用プロセスに関連して、スタートアップや中小企業に向けたメッセージをお願いします

橋村先生
橋村先生

採用選考をめぐるトラブルが実際に訴訟等の個別紛争に発展するケースは案外少ないものです。 しかし、採用選考プロセスにおける企業の姿勢は、就職活動を行う学生が発信するSNS等を通じてシビアに問われ続け、その結果、企業の評価や信用を高めることもあれば、大きく損なうこともあります。

このテーマは、人材不足の時代に有為な人材を確保定着させることが最重要課題の一つとなっている我が国の企業において、死活問題とさえいえます。

このような観点から、企業には法的リスクだけでなく、企業モラル自体が問われていることを特に強く意識してほしいと思います。

大杉先生も触れていますが、本件では、多くの学生に対し内々定取消しを行ったのとほぼ同時期に、CEOが、「12億円の資金調達を実施いたしました。…全方位採用中です!」とSNSで発信しており、経営者のこの矛盾する言動がSNSの炎上により拍車をかけたであろうことは容易に想像がつきます。

特にスタートアップ企業においては、代表取締役を中心とした経営者が当該企業の顔としてSNS等を通じて様々なメッセージを発信していることを考えると、改めてSNSの発信内容には細心の注意が必要であることを気づかされます。

大杉弁護士
大杉弁護士

事業をスケールしていくうえで、有能な人材を採用していくことは不可欠ですが、今回のように、採用内定や内々定ひとつをとっても法的な問題はつきまといます。また、採用後にも、人事に関するさまざまな法的な問題が潜在しており、思わぬ事態に足をすくわれかねません。

私がこれまで見てきた事案の多くは、最初から弁護士に相談していれば防げたであろうトラブルでしたので、何か不安なことがあれば、気軽に弁護士に相談できる体制を構築していただければと思います。

増田弁護士
増田弁護士

「事業のスピードが速く、予算も限定されているから弁護士のお伺いを立てていられない」、「法令順守といっても何を勉強すればいいか分からない」。

そういったお声があることはよく承知しています。そのような皆様にも、採用プロセスのような企業の重要な局面においては、第一次チェックとして、「この施策を行うと窮地に陥る方がいるかどうか」という点を十分に検討してもらいたいです。

これまでの裁判例では、窮地に陥る方(今回の件では内々定を取り消された学生)を救済する判決(労働事件でいえば、多くの場合会社が負けています)が多数出されています。裁判例を詳しく知っておく必要はありませんが、窮地に陥る方がいる場合はトラブルになりやすい点を察知し、その部分だけでも専門家と相談することは会社の利益に資するでしょう。

LEGAL HACK
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先生方のご意見を聞いて思うのは、今回のトラブルは、企業に悪意があったというより、学生への配慮不足が原因だったということ。

増田先生のおっしゃるように、「自分の行動によって困った立場に陥る人がいるかどうか」を念頭において行動するのは、個人にとっても企業にとっても大事なことですが、今回のように、相手が弱い立場にある学生の場合はなおさらでしょう。

大杉先生のおっしゃるように、「採用プロセス」に限らず、ビジネスには法的な落とし穴がたくさん潜んでいます。トラブルが起きた後に「最初からその知識があれば防げたのに」と気づいても遅すぎます。

橋村先生が指摘されている通り、現在は企業に法令順守だけでなく、モラルが問われている時代。ビジネスを大きく育てていくために、転ばぬ先の杖として、気軽に法務相談ができる体制を整えておくことは非常に重要なことだと思いました。

前編はこちら

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