パラハラによる労災認定の増加
パワハラによってうつ病などの精神疾患を発症した従業員が、労災を申請するケースが増加しています。
最近の例を挙げると、今年10月20日、神奈川トヨタ自動車販売店で働いていた男性が2019年5月に自殺したのは、上司からのパワハラでうつ病を患ったためとして、藤沢労災基準監督署から労災認定されていたことが、遺族の記者会見で明らかになりました。
男性は店長から営業ノルマを巡って繰り返し叱責を受けたことでうつ病を発症しており、発症前の半年間は月に最長100時間を超える時間外労働をしていたことも分かっています。
労災認定基準にパワハラが追加
パワハラが年々深刻化している状況に対応するため、2020年6月に「パワハラ防止法」が施行されました (中小企業への適用は2022年4月) 。それに合わせて、2020年5月末に厚生労働省の労災認定基準 (「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」) も改正され、新たに「パワーハラスメント」の項目が追加されました。 (厚生労働省「精神障害の労災認定基準に「パワーハラスメント」を明示します(R2.06)」)
この改正は、パワハラによる労災審査が早く進み、パワハラでうつ病になった人が迅速・適正に補償を受けられることを目的としたものです。実際、今年6月に公表された「令和2年度「過労死等の労災補償状況」」によると、精神障害による労災認定608件の要因のうち、パワハラ要因が99件でトップとなりました。
パワハラで労災認定されるのはどんなとき?
では、実際にパワハラで労災認定されるのはどのような場合でしょうか?
例えば上司のパワハラでうつ病を発症した従業員の労災が認定されるには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
(1) 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
(2) 精神障害の発病前6ヶ月の間に、仕事による強いストレス (心理的負荷) が認められること
(3) 仕事以外のストレスや個人的な要因による発病ではないこと
このうち、(2) の判断で用いられるのが、上記2で挙げた「労災認定基準」です。
その中に、「どれくらい強いストレスがあったか」を評価するための表があり、そこに2020年の改正で「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」といった項目が追加されました。
その項目にはパワハラの具体的例が記載されており、その具体例が与えるストレスを「弱・中・強」の3段階で評価し、総合評価で「強」となれば、労災として認められることになります。
以下は、その表の該当部分を抜粋したものです。
心理的負荷 (ストレス) が「強」と評価される具体例
- 上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
- 上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
- 上司等による次のような精神的攻撃が執拗に行われた場合
→ 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
→ 必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
- 心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合
心理的負荷が「中程度」と評価される具体例
- 上司等による次のような身体的攻撃・精神的攻撃が行われ、行為が反復・継続していない場合
→ 治療を要さない程度の暴行による身体的攻撃
→ 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を逸脱した精神的攻撃
→ 必要以上に長時間にわたる叱責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
心理的負荷が「弱程度」と評価される具体例
- 上司等による「中」に至らない程度の身体的攻撃、精神的攻撃等が行われた場合
パワハラで労災認定されたらどうなる?
では、パワハラで労災認定がされると、会社にはどのような影響が及ぶのでしょうか?
そもそも労災とは?
まずは、労災がどんなものか、簡単に確認しておきましょう。
労災とは「労働災害」の略称で、仕事中や通勤中に、怪我をしたり病気になったりすることを指します。労災が申請され、労働基準監督署による認定が行われると、国から補償が支払われます。労災は正社員だけでなく、アルバイトやパートで働く人も申請することができます。なお、労災保険への加入は会社の義務であり、労災保険料は事業主が負担します。
労災が認められるには、前提として、怪我をしたり病気になったりしたのが「仕事をしている最中だった (業務遂行性) 」ことと、「仕事をしていたことが原因で生じた (業務起因性) 」という2点が必要です。
会社にこんなダメージが!
労災が認定されると、会社はさまざまなダメージを受けます。冒頭で例に挙げたように、パワハラが原因で自殺者が出てしまうような事態が報道されれば、企業イメージが悪化し、手厳しい社会的制裁を受けることは避けられません。
会社が被る主なダメージとしては、例えば、次のようなものがあります。
- 労働者から安全配慮義務違反で損害賠償を請求される可能性がある。
- 労働基準監督署の立ち入り検査を受けることがある。
- 労災保険料が増額されることがある (従業員20名未満の会社は対象外)。
- 公共工事の入札に悪影響が出る。
- 労災認定が公表されることによる社会的制裁を受ける。
いずれも、高いコストを要する上に、その後の経営にも大きな影響を及ぼすダメージといえるでしょう。
万全のパワハラ対策を!
上記3で挙げたような事態を防ぐためには、万全のパワハラ防止策をとる必要があります。
厚生労働省の「職場におけるハラスメント関係指針」では、パワハラ防止のために事業主が講ずべき措置として、以下の3点を明記しています。
(1) 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
経営トップが「パワハラは許さない」という態度をはっきり表明することで、組織全体に「パワハラはいけないことだ」という意識が根付きます。加えて、定期的な研修等を通じて、従業員への周知・啓発に努めることも重要です。就業規則にパワハラ防止規定を盛り込む方法も有効でしょう。
(2) 相談 (苦情を含む) に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
従業員が気軽に相談できる相談窓口を社内外に設置し、窓口担当者が適切に対応できる仕組みを整備しておきましょう。問題が深刻化する前に解決できる可能性が高くなります。
(3) 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
万一パワハラが起きてしまった場合には、事実関係を迅速・的確に確認し、被害者の心のケアや配置転換など、再発防止措置を講じることが重要となります。
また、他社がどのようにパワハラ対策に取り組んでいるか、他社の取組事例を参考にすることもおすすめです。こちらの資料をご利用ください。
パワハラがらみの労災で、他に気をつけたい点は?
注意すべきは、パワハラは上司・部下の関係だけではないという点です。同僚からのハラスメントも、同僚が「業務上必要な知識や豊富な経験等」を有していれば、優越的な関係を背景とした言動として、パワハラに該当することがあり、同じく労災申請の対象となります。
また、退職した従業員も労災申請が可能なことにも留意しましょう(2年の時効があります) 。
おわりに
パワハラが起きると、労災認定がされなくても、会社にはさまざまな悪影響がもたらされます。
従業員の安全を守り、会社のブランドイメージを損ねないためにも、適切なパワハラ防止対策を怠らないようにしましょう。
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